☆【コラム】羊毛筆はヒツジの毛?狼毫筆はオオカミの毛?
≫筆の種類は多種多様
書道用品店に立ち寄ると様々な種類の筆が並んでいます。
大きな筆から小さな筆、高価な筆から安価な筆、華やかな装飾で見ていて楽しい筆から竹の軸に筆の名前だけが彫ってあるシンプルな筆、本当にいろいろな種類の筆があって、「この筆ならこんな作品が書けるかな」「あの字体を書くにはこの筆が良さそうだな」などと考えるだけでも面白いことでしょう。
今回は筆のなかでも、その穂先に使用されている毛に注目してみたいと思います。
筆に使用される毛は大変種類が多く、その全部を書きだすのは難しいくらいの数に上ります。ただ、一般的な筆に使用されている毛の種類は数えるほどです。
タイトルにも書いた羊毛筆や狼毫筆は一般的に販売されている筆に含まれます。おそらく、書道用品店などで目にしたことのある方も少なくないと思います。
ちなみに「毫」という文字は中国の筆によく書かれている漢字です。この漢字は細い毛を意味するので、日本でいう「毛」とほぼ同じ意味の漢字とお考え下さい。
≫羊毛筆はヒツジの毛?狼毫筆はオオカミの毛?
さて、ここで質問です。
「羊毛」とはヒツジの毛なのでしょうか?「狼毫」とは「オオカミ」の毛なのでしょうか?
答えは「否」です。
「羊毛筆(中国では羊毫)」はヒツジではなくヤギ(山羊)の毛を使用した筆です。
「羊」はヒツジやヤギの総称として用いられる漢字です。それゆえ、文字だけで判断するとヒツジの毛と考えることもできるのですが、実際にはヤギの毛が使用されています。
考えてみれば、ヒツジの毛のような強い癖をもつ毛を真っすぐに矯正して使用するのは、わざわざ余計な手間をかけているようなものですね。それよりは癖の無いヤギの毛を使用したほうが効率的でしょう。
そして、「狼毫筆」はオオカミではなくイタチ(鼬)の毛を使用した筆です。
中国では、イタチは「鼬」という字のほか、古くは「鼠狼」という字などでも表現されました。動物学的に正確な分類はわかりませんが、筆の材料となる中国の「イタチ」と日本でいう「イタチ」とは似たような動物です。
弾力があり書きやすく、初心者からベテランまで多くの人に人気のある「狼毫」も、近年では生産量が減り、その値段は大きく上昇しているということです。
≫「名前」と「物」を一致させる名物学
さて、上に述べてきたことからもわかる通り、中国と日本では、同じ漢字を使用してもその字が意味するものを別のものと認識していることがあります。
もう一つ例を挙げてみましょう。「鮎」という字です。
「鮎」という字は現代日本ではアユを意味しますが、中国では「ナマズ」を意味します。中国の水族館で「鮎」というラベルの貼ってある水槽を見たら、そこには大きな口のナマズが鎮座しているというわけです。
このように、同じ文字を使用していても、国により、また時代により、別のものを意味しているということが少なくありません。このような問題を解決するため、名前と物とを正確に一致させようと試みる学問の分野さえあるのです。その学問を名物学と呼びます。
漢文をはじめとする昔の文章を読んでいると、現在使用されている文字と同じ文字が多数使用されています。果たして、その文章に書かれている文字と現在の文字は同じ意味で使用されているのでしょうか。
こんなことも考えながら文章を読むのも一つの楽しみと言えるでしょう。
もしこの分野にご関心があれば、青木正児の『中華名物考』という書籍をお勧めします。名物学の一端を垣間見ることができますよ。
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